誰もがびっくりしたライブのアルバム化
今回は、YMOの第1次ワールドツアーの様子を収録した、ライブアルバム「パブリック・プレッシャー」について書いてみたいと思います。 最後にはライブ映像もリンクさせておきますので、是非シンセサイザー黎明期のライブの模様をご覧いただけると幸いです。 まず当時のシンセサイザーと言う楽器は、電圧を発音の基礎としているため、ライブには不向きな要素ばかりでした。 はじめに、その頃のシンセサイザーはそれ自体が大きすぎます。 重くて運ぶのも一苦労。ライブでの使用を考えてはいなかったのでしょう。 そして電圧に大きな影響を受けるため、コンサートを行うホールでは安定している電気が必要でしたし、そうしないとピッチやチューニングも安定しないという代物でした。 技術担当の松武秀樹さんはライブのたびに、かなり早く前に会場に入り、機材のチェックや調整を行ったようなお話を聞きました。 同じ会場でライブを何回も行う事もあまり無く、初見でのホールばかり。 そしてピッチさえ安定しないシンセサイザー。 もうこれは闘いだったに違いありません。 ステージングに付いてもエポックな要素がたっぷりでした。 YMOはご存知の通り、ボーカルを取るのは、髙橋幸宏さん。ドラマーです。 ですので、フロントメンであると同時に、リズムセクションの核でもあるため、彼をステージ中央に置く。 となりますと、大きなドラムセットがドーンとステージ中央に置かれる事になりました。 そして、周りには見た事もないような(笑)機材の数々。 それを涼しい顔で操るメンバー達。 なんともクールなステージングが展開されました。 実はこれには技術的な要素も影響していまして、今では当たり前のライブ用のイヤモニ。 この技術がまだ無かったために演奏中の音の返りと、シーケンサーからの同期を行うためのクリック音をキューボックスと言う自作の機械でまとめてヘッドフォンで聴きながら演奏していた為、観客のレスポンスはほとんど聴こえない状態だったのです。 今のライブの現場は分かりませんが、例えばお客さんの居る会場内にマイクを置く事で解決できそうですが、キューボックス自体が自作なくらいライブ技術もまだまだだった時代のちょっと面白いお話でした。 では、恒例になってまいりました(笑)、この一曲を選ぶとしたら・・・。今回は間違いなくM-3「TONG POO」だと思います。 実は...