テクノサウンドのオリジネーター

 

今回はクラフトワークについて、少しだけ書きたいと思います。

なんせ長く第一線で活躍する彼らなので、全てを書く事は難しいです。今回は私的な事から書いてみる事にします。



私の経験からすると、初めてのクラフトワーク体験は「Computer World」でした。

近くのレンタルレコード(昔はこんなお店もいっぱいありましたね)屋さんで、黄色が映えるジャケットを手にしたのが初めてでした。

テクノ体験としては、YMO(いつかこちらも書きたいと思います)が初体験だったので、電子音の音楽には慣れていた私ですが、それでもかっちりした構造的なイメージを抱き、今ループミュージックを作っている私の礎を作ってくれたようなアーティストだと思います。


事の始まりは、ドイツのデュッセルドルフ。クラシック音楽の音楽院で、ラルフ・ヒュッターさんとフローリアン・シュナイダーが出会うところから始まります。

やはりクラシック方面の素養もある方々なんですね。

初めはこの二人を中心に、かなり実験的なアルバムを出していました。私は後追いで聴いてみたことがありましたが、理解できなかった事を思い出します。

今、聴いてみれば、きっと分かる部分もあると思うのですが、彼らの意思でCD化などはされず、そのままサブスクなどにも載らない事になってしまいました。



彼らの名前が世に出たのは、4枚目のアルバム「アウトバーン」の大ヒットだと思います。1974年の発表だそうです。

音楽の先進性はもとより、デュッセルドルフの街の持つ工業的なイメージや、都市発生的な音楽が若者達を熱狂させたのだと思います。

東京からは「TOKIO」と歌うYMOの皆さんが有名ですね。それぞれの国で、言ってしまえばローカルなマーケットだった音楽が、都市で発生しそのイメージと共に世界中にファンが生まれるようになったのです。



テクノ、あるいはテクノポップと呼ばれた音楽は、このあたりから1980年代初頭までに、多くの人をとりこにしていきました。

私的な話をさせて頂ければ、音楽的なルーツはどこにあるかを聞かれたら、文句なく彼らを挙げると思います。もちろん彼らだけではありませんが、多くの影響を受け、そして今も影響下にあります。

影響下にあると公言する人たちは、他にもたくさんいます。その影響は技術の進歩と共に、彼らの曲をサンプリングする行為にも発展。

クラフトワークは、ジェームス・ブラウンの次にサンプリングされるアーティストにもなっているようです。



ヒップホップやハウスの黎明期にも彼らをサンプリングするアーティストは多かったと思います。

ヒップホップの中の1ジャンルである、“エレクトロ”というジャンルはクラフトワークのサンプリング無しでは考えられないと思われます。

そこから90年代には、またまたテクノがダンスミュージックとして復活したりして、電子音楽というものは彼らの周りを何周もしているイメージがあります。

また、そのような新しいアーティストともコラボレーションしたりするクラフトワークの姿勢は、多くの尊敬を集めています。



どこかになにかの機会があるなら、また彼らの事を書いてみたいです。音楽を好きになってから、ずっと尊敬できて活躍もしている方々はそれほど多くはないですから。

最後にリンクを貼っておきます。そのままリンクできない場合は、コピーしてブラウザに貼り付けて下さいね。

クラフトワーク アーティストリンク(Spotify)
https://open.spotify.com/artist/0dmPX6ovclgOy8WWJaFEUU?si=XxujoeddS4C8hCAVM1CMMA&dl_branch=1

クラフトワーク アーティストリンク(Amazon Music Unlimited)
https://music.amazon.co.jp/artists/B003FM9EQG?ref=dm_sh_7164-6130-c450-1032-fe629

 

 

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